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東京地方裁判所 平成7年(ワ)9647号 判決 1996年3月19日

原告

万年廣人

ほか一名

被告

上山伸治

主文

一  被告は、原告万年廣人に対し、金一一六七万二八〇〇円及び内金一〇六二万二八〇〇円に対する平成五年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告万年廣人のその余の請求及び原告株式会社萬年屋の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告株式会社萬年屋の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告万年廣人(以下「原告万年」という。)に対し、金一二八九万九二九二円及び内金一一七九万九二九二円に対する平成五年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告株式会社萬年屋(以下「原告会社」という。)に対し、金二四二四万四九〇七円及び内金二二〇四万四九〇七円に対する平成五年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、株式会社の代表取締役が交通事故に遭つたとして、代表取締役のみならず、株式会社自体もいわゆる企業損害について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年七月二八日午後七時〇〇分ころ

事故の場所 東京都新宿区西新宿三丁目七番三七号先路上

加害者 被告

加害車両 普通乗用自動車(品川三四ぬ二一七六)

被害者 原告万年(原告会社が法律上被害者となるかどうかについては、争いがある。)

事故の態様 原告万年が横断歩道を歩行中に、被告の運転する加害車両が原告万年に衝突した。

事故の結果 原告万年は、右膝腓骨頭骨折、両膝痛の傷害を受け、玉井病院に平成五年七月二八日から八月二八日まで入院し、九月一日から平成六年一二月一九日まで通院(実通院日数七六日)した。

2  責任原因

被告は、加害車両を運転中、前方不注視の過失があり、また、加害車両を保有していたから、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき本件事故について損害賠償責任を負う。

三  本件の争点

本件の争点は、原告らの損害である。

(一)  原告ら

(原告万年分)

(1) 治療関係費 二一万二八〇〇円

入院雑費四万一六〇〇円、通院交通費九万一二〇〇円、医師謝礼金八万円の合計金である。

(2) 休業損害 九〇三万六四九二円

原告万年の月給は九〇万円であるところ、同原告の労働対価分の占める割合は八〇パーセントと見るのが相当であり、通院期間に応じて休業割合を一〇〇パーセントから五〇パーセントとみて算定した。

(3) 慰謝料 二五五万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 一一〇万〇〇〇〇円

(原告会社分)

(1) 間接損害分 二二〇四万四九〇七円

原告会社は、社長である原告万年を中心とする同族会社であり、その実態は個人企業であつて、同原告は、社会保険労務士の資格を有し、労働災害に関する知識等を駆使して商品開発及び顧客獲得に努めていて、原告会社にとつて他の従業員では代替できない存在である。そのため、原告万年が本件事故により出社できなかつたことから、売上総利益が減少し、営業損失を来した。本件事故前年の利益との比較により、損害額を算定した。

(2) 弁護士費用 二二〇万〇〇〇〇円

(二)  被告

(1) 治療関係費

入院雑費四万一六〇〇円及び通院交通費九万一二〇〇円について認める。

(2) 休業損害

原告万年が原告会社から支給されているのは役員報酬であり、休業損害を否認する。

(3) 慰謝料 一五〇万円の限度で認める。

(4) 原告会社分

原告会社が原告万年の個人会社であること及び、原告らが経済的に一体であることを否認し、間接損害分の因果関係を争う。

第三争点に対する判断

一  原告らの活動状況

1  甲二ないし九、一二ないし一七(枝番を含む。)、原告万年本人に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告会社は、原告万年が昭和三三年頃から手がけ、「有限会社萬年手袋」などを経て行つてきた作業服、防寒具、作業用品、安全用品等の企画、製造、販売に関する事業のため、昭和五九年に資本金四〇〇〇万円(授権資本金一億六〇〇〇万円)の株式会社として設立された会社である。株主は、原告万年及びその家族並びに同原告が全持分を有する有限会社によつて占められており、同族会社である。従業員は、正社員四名、パートタイム従業員八名であり、原告万年の妻も取締役として経理を担当している。新宿副都心脇に二店舗を構え、大手建設会社などにも販路を有している。原告万年は、社会保険労務士の資格を有しており、労災に関する知識を利用して、商談や商品の開発に努めている。また、原告会社の従業員を監督し、その結果、原告会社は、平成四年九月一日から始まる年度は、一年間に三億五〇二七万三九八六円の売上げをし、役員報酬一三二三万二〇六〇円、給与手当三一七二万〇三一九円等を控除して、一五二六万二七一六円の営業利益を上げた。

(2) 原告万年は、原告会社から九〇万円の給料を得、原告会社の経理上は、このうち六〇万円を給与手当から、また、三〇万円を役員報酬から支出している。ボーナスについても経理上は役員報酬から支出している。

(3) 原告万年は、平成五年六月に自転車事故を起こして原告会社を休業したため、同月からの給料手当は得ていなかつた。そのような状況下において同年七月二八日に本件事故に遭つて、右膝腓骨頭骨折、両膝痛の傷害を受け、玉井病院に平成五年七月二八日から八月二八日まで入院し、九月一日から平成六年一二月一九日まで通院治療を行つたため(実通院日数七六日)、同年九月までは、継続して給料を得ておらず、同年一〇月分からは九万四〇〇〇円の給与を得たに止まつた。もつとも、毎月三〇万円の役員報酬は得ており、平成六年一〇月からは、五〇万六〇〇〇円の役員報酬を得ている。原告万年としては、原告会社が労働安全用品を製造販売することから、怪我したままの状態での接客は商売上支障があると考え、外商を行わなかつたことから、このように長期間の無給となつたのである。

(4) 原告万年の休業もあり、原告会社は、平成五年九月一日から始まる年度では、一年間に三億三〇〇五万四八二三円の売上げをしたに止まり、役員報酬九六〇万〇〇〇〇円、給与手当三〇三八万七四六六円を控除する等して、六七八万二一九一円の営業損失を計上することとなつた。

2  右認定事実によれば、原告会社は、原告万年の同族会社ではあるが、従業員も相当数おり、給与及び役員報酬のうちに原告万年の分の占める割合は約四分の一であり、また、売上も、原告万年の休業期間中に一割程度しか落ちていないのである。そうすると、原告会社は、原告万年の指揮の下に活動しているとしても、同人がいなければ原告会社の経営が成り立たないというものではないし、また、経済的に原告万年と原告会社が一体を成す関係にあるということもできないというべきである。

二  原告万年の損害

1  治療関係費 一五万二八〇〇円

原告万年が入院雑費として四万一六〇〇円及び通院交通費として九万一二〇〇円を要したことは当事者間に争いがない。同原告は医師への謝礼として八万円を請求し、弁論の全趣旨によれば同事実が認められるが、原告は、右膝腓骨頭骨折等で三二日入院したに止まり、社会通念上、その間の医師への謝礼は二万円と認めるのが相当である。

2  休業損害 八六七万円

前認定の事実によれば、原告万年は、本件事故日以降平成六年九月までは、毎月三〇万円の報酬を得たものの六〇万円の月給(一日当たり二万円)を得ておらず、同年一〇月からは九万四〇〇〇円の給与と五〇万六〇〇〇円の役員報酬を得ているのである。そして、前示の同原告の傷害の程度、入・通院の状況、同原告の原告会社における地位及び原告会社の扱う商品内容に鑑みれば、通院が終了した平成六年一二月一九日まで、原告万年が原告会社の外商等に出ず、そのために右のような減給となつたことはやむを得ないというべきであり、本件事故日以降平成六年九月までについては、右減給分を休業損害の基礎とすべき金額とするのが相当である。

そうすると、本件事故月の平成五年七月中に原告万年が本件事故により休業した日数は四日間であり、その分の減給分は八万円となり、同年八月から平成六年九月までの減給分は一三カ月分の七八〇万円ということとなる。そして、これらの減収分は、右報酬及び給与の額に鑑みれば、すべて原告会社に労働を提供しなかつたことによるものと認めるのが相当である。なお、原告万年は、平成六年一〇月から一二月一九日まで通院等のため原告会社を欠勤しており、当該期間についての休業損害は、一カ月当たり、毎月九〇万円から六〇万円(九万四〇〇〇円と五〇万六〇〇〇円の合計額)を控除した三〇万円(一カ月未満の場合は、一日当たり一万円)とみるのが相当であるから、当該期間分は七九万円となり、合計の休業損害は、八六七万円となる。

3  慰謝料 一八〇万円

原告万年は、本件事故により前示のとおりの傷害を受け、玉井病院に三二日間入院し、平成五年九月一日から平成六年一二月一九日まで通院(実通院日数七六日)したのである。また、甲一一、一三、原告万年本人によれば、同原告はマラソンを趣味としていたのに、本件事故による障害のため右趣味ができなくなり、階段の昇降が不自由となつたことが認められる。これらの事実やその他本件に顕れたすべての事情を参酌すると、右傷害及びこれに起因する障害に対する慰謝料としては一八〇万円が相当である。

4  1から3までの合計金額は、一〇六二万二八〇〇円である。

三  原告会社分

前認定判断のとおり、原告会社は原告万年の指揮の下に活動しているとしても、同人がいなければ原告会社の経営が成り立たないというものではないし、また、経済的に原告万年と原告会社が一体を成す関係にあるともいうことができない。したがつて、本件事故と原告会社が被つた間接損害には相当因果関係を欠く。

また、本件全証拠によるも、被告において、原告会社の減収を予想して本件事故を引き起こしたものと認めることができない。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告万年の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金一〇五万円をもつて相当と認める。

第四結論

そうすると、原告万年の本件請求は、被告に対し、金一一六七万二八〇〇円及び内金一〇六二万二八〇〇円に対する本件事故発生の日である平成五年七月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、同原告のその余の請求及び原告会社の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

なお、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条ただし書、九三条一項ただし書を適用した。

(裁判官 南敏文)

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